スポーツエイドステーション アルカンシェル/長崎県佐世保市

昨日を超えろ

投稿日 2026年1月25日 日曜日

460㎞。広島まで400㎞だから、自転車で走るにはかなり覚悟のいる距離。距離もすごいが走り続けた時間がすごい。

普通の人はやらないようなことをやった「びっくり人間」は、こうして新聞に掲載されました。

限界まで追い込むことなど殆どの人は体験することなく一生を終えるかもしれないし、自分だってまだ生きてるので、どこが限界なのか本当の意味で試したことはないと思う。意志が途切れたところが限界だと思うだけで程度の差。

それでも自分史上一番の記録を塗り替える挑戦は、限界突破と言って良いと思う。本気でやり切ると信じてスタートした時点で限界突破。成し遂げた時には当人しか分からない満足感を味わえたはず。素晴らしい。

ゴール直後は「もうしばらく自転車乗らなくていい」と言ってたが、その後地図を見て「内側の大村湾の海岸線が寂しい」と思ったそう。ムラムラ来たので次は460㎞+大村湾岸一周の一筆書きに挑戦するとの事。おじちゃん頑張る!予想では33時間くらいか?

8時間以上の睡眠が欲しい俺に、そっちの挑戦は無理。途中寝ますが、ゴールでまた待ってます。

チャレンジ

投稿日 2026年1月05日 月曜日

1月5日13時より2026年の営業を開始いたします。

年末の土曜深夜に決行したSさんのチャレンジ。見事461㎞。26時間半かけて事故なく完走いたしました。素晴らしい。人生の金字塔と呼んでももいいでしょう。

深夜1時過ぎAECの前で待つ我々。遠くから八つ墓村のように沢山ライトを付けたSさんが現れた。待ちに待ったこの瞬間だ。

ふらふらでゴールに辿り着いた時に「24時間TVってこんな感じ?」と聞くので「26時間以上なのでもっとすごいです」と答えた。「前半の走りが何日も前の様だ」と言われるので「実際に2日前の事です」と答えた。もう幽体離脱状態。極限を極め倒れ込む姿は神々しく感動した。

本当によく頑張りました。「お疲れ様」の一言で済まないのはよく分かる。15や25ではやれても55歳でなかなかやれないぞ。

自分は普段から他人の人生に乗っかって応援する観客になるより、自分自身を応援するか応援される側でいたいと思っているが、今回はSさんが夢に出てきて目覚めるほど緊張して応援した。

体を張って頑張る姿は人の心を揺さぶる。自分にも可能性があるんじゃないかと勇気を出させる。それを見て観客席からステージに上がる誰かが出てくるかもしれない。

出来るか出来ないかよりも、やるかやらないかの重要さを身をもって教えてくれた。

今年最後の仕事

投稿日 2025年12月28日 日曜日

おかげさまで今年も楽しく働かせていただき、今日が仕事納めとなりました。

昨夜から県一周450㎞ライドに挑戦している常連のSさん。今日一日は、休憩時間に送ってくる位置情報を楽しみにクラブのみんなで応援しています。

流石に450㎞なんて俺も走ったことは無い。睡眠不足に弱い時点で恐らく無理。外気温0度で深夜に走ろうなんて考えもつかないが、Sさんはやる。自分への挑戦と、若者への体を張った手本となるべくやる。敬服する。

目標を持ち行動する人は1割。さらに継続する人はその1割ともいうので、ほぼほぼ99%の人は自分で決めたこともできない。辛い練習になると尚更できない。

でもSさんは違う。年齢に抗うように55歳の最後を飾る挑戦に出た。日頃もAECのトレーニングルームで練習を継続している。俺は背中を押して方向を示すだけで、やるのは本人の意志だ。

中学生の頃、目的地まで徹夜で電車や船を乗り継ぎ、200㎞程走って帰ったことがある。疲れと眠気に勝てず居眠り運転し、何度も道路から落ちそうになった。当時はスマホもライトもサイコンも無く、日時計を頼りに走る原始人みたいなものだった。

子供とはいえ自分の限界に挑戦した経験は、我ながらよく無事に戻れたと思うが一生の宝になった。ただの観客で挑戦しない者には分からない。

同じく少年のような冒険心を持つSさん、居眠り運転は危険なので疲れたら休んでくださいね。そして今夜無事帰ってきてください。今年最後の仕事、店で待ってます。

裏方の苦労

投稿日 2025年11月29日 土曜日

諫早の長田T.Tに行ってきた。今年からは40㎞と20㎞に加えてチームT.Tも開催されて、小学生の3.5㎞まで含めると延べ200人近い出走になった。

周辺道路への影響もほぼなく県内では貴重な平坦路を、天候にも恵まれて最高の条件で走ることができる。しかも豪華景品まで。ありがとうございます。

運営スタッフには感謝の気持ちを忘れないようしないとね。いくら自分が練習しても、参加費払うと言っても、レースを開いてくれる方々がいなけりゃ走れない。

NPOの理事長をやっていた頃に、散々大変な準備や根回しをやってきたから気持ちはよく分かる。選手はスタッフにも目を向けてみるといいかも。

スポーツは脚光が当たる選手に比べ、縁の下の力持ちは目立たないが、裏方の人たちあっての晴れ舞台。だって草刈りだけでも大変だろ。中には「参加費払ってるから当たり前」的な考えを持つ人もいるけどそうじゃない。敬意を持って感謝しよう。

忘年会の幹事だって同じ。誰かが参加者募って店探して交渉して予約して、みなに連絡して集金してとやってくれるから楽しく飲める。

若い頃毎週のように合コンしていた我々は、毎回持ち回りで新規メンバーを集め、店の予約や盛り上げる段取りを習得していた。しかもメンバーは誰でも良いというわけじゃなく厳選するから、幹事役は一定の特典を与えられていた。・・・・とまあそれはどうでもいいがそういうことだ。大変なのだ。

来週はその忘年会。合コンに比べりゃ何も難しくないが、誰か「俺が幹事やります」とでも言ってくれないかな?

6日は忘年会の為17時に閉店いたします。

沖縄でのアクシデント

投稿日 2025年11月20日 木曜日

沖縄ツアーは例年色んなアクシデントが起きる。トラブルもハプニングも楽しい思い出になるから、それはそれで人生の色どりとして必要だと思う。

今回は中学生も複数走るし経験が圧倒的に少ない分、アクシデントが起きる可能性は高い。そしていつも笑いを提供してくれるT君もいる。

往復の飛行機に搭乗できて、レースのスタートを切ってくれたらOK。これが最低限のノルマ。

往路の空港で持ち物没収されたり、検査が長引いて搭乗口へダッシュするくらいじゃ驚かない。人数が多い割にはスムーズにいった方かも。数年前は10万円紛失事件も起きた。

試走は本部半島の50㎞コースと100㎞以上コースに分かれて走る。輪行時のメカトラも予備パーツで修復し、試走で千切れてスケジュールが狂っても予定変更で復旧。危機管理能力を試されてる気分だ。

だが、重要な問題に気付かなかったのは俺のミス。仕上げて臨んだ本番で本人も初のメカトラ。前日の試走前、僅かにDi2の調整をした時にスプロケのロックリングが緩んでいたことには気付かなかった。見た目では分からないので工具で増し締めして確認するしかないが、その場では無理。

試走後も問題なしということで急いでバイクを搬送用トラックに積み込んだが、本当はもう一度確認するべきだった。時間制約と本人の整備を信頼し「念のために」の手間を省いてしまったことが反省要因。

これも教訓と思えば済むが、もう一年鍛え直せという神託かも。当然俺も付き合うので、残波岬から飛び降りる覚悟で練習し、今年以上の足になってオッサンの精神力の強さを見せつけるしかない。

帰路は流石のT君と学生。道を間違え高速道路で人一倍遅く帰った。あげくスーツケースを空港に置き忘れた。早く渡そうとスーツケースに入れた土産は週末まで戻って来ることは無かった。

結果はそれぞれ

投稿日 2025年11月14日 金曜日

思い通りにいかないのがレース。と分かっていても残念ではある。ツールド沖縄2025から戻ってきました。

プロでもない社会人なので、準備万端で練習を積んだ自覚を持ってレースを迎えることができる機会はそうそう無い。でも今回は違った。やるだけの事はやったと言ってもよい状態だった。

練習メニューも調整も、できる限りのことを二人三脚でやったつもりだったので、俺も辛い。順調に走っていたのにまさかのメカトラでDNFとは・・・

努力が必ずしも望む結果とはならなくとも、その頑張った時間は必ず何かの形になると昔から信じている。 それが何かは本人の捉え方次第。次に向かってまた走りましょう。

学生の結果はほぼ予想通り。やったこと以上の結果は出ないから、本人たちも理解しているはず。時間は戻らないので次に活かすしかないね。

打上げで45歳年下から腕相撲を挑まれ、なんとかまだ勝てたが来年はもう分からない。奴らは成長する一方で俺等は衰える一方。それを知っているから時間を惜しんでおっさんは頑張る。時間に余裕があると思ってる若者はのんびり進む。

生き急ぎと言われるくらい今を全力で生きる若者は、早くから時間の大切さに気付いている訳だから、将来大きな差となり何かの結果が残るんだろうね。

次の沖縄までもう1年を切っている。すでに来年のレースは始まっていることに気付いているかな?

佐世保クリテリウム

投稿日 2025年10月16日 木曜日

ようやく終わった佐世保クリテリウム。こんな書き方だと嫌々だったようだが勿論そんなことは無く安堵の心境。

年初からPRの手伝いをはじめ、次から次に来る提案に応えつつその日を迎えたが、本当に当日まで現実味が無かった。天候はどうだ?観客来てくれるのだろうか?

99%の人達が、自転車競技=競輪≒博打の認識しかなかった時代で、ヘルメットを被って走っていると「せいぜい頑張れよ」と失笑されながら練習した少年時代。佐世保でロードレースが開催されるなんて誰も想像していなかっただろう。

30年前にHTBでクリテリウムをやりましょうと当時のテンボス役員の方々にプレゼンしたものの、時代はまだ追いついていなかった。

20年程前「ツールド九州」の構想を聞き、選手間で語り合った時もまだ夢物語の域を出ておらず、「いつかそういう日が来れば」の範囲でしかなかった。

しかし信じ続けて進み続けた人たちがいたのだろう。ロードレーサーは映画になり漫画になり、ロードバイクとして認知され、女の子にまで親しまれ、すれ違う子供達に笑われるどころか「カッコいい」と手を振ってもらえるようになった。

そして佐世保のクリテでは、県外からも大勢の観客が来佐。コース全体を北九州開催を上回る1.8万~2万人もの人達がコースを埋め尽くし、自転車レースを観戦することになった。幼稚園児達の大きな歓声も場を盛り上げ、初めてレースを見た方からは選手のスピードに驚きの声。

俺は県内PR巡業中も、「一日の授業よりも価値ある感動を体験した方が良い」と学生は授業をサボってでも観に行くようにと伝えてきた悪人。 そして自分の意志で学校をサボってきた若者は一生忘れない体験ができたかもしれない。

少なくとも俺は、この佐世保のど真ん中でのレースに2万近い観客が来てくれた事に猛烈に感動した。そして多少なりとも関われた事に感謝するしかない。  是非来年もやってほしい。

競技を始めた頃から付き合いがある先輩と一緒に観戦し、一層感慨深い歴史に残る一日だった。

クリテ直前

投稿日 2025年10月08日 水曜日

いよいよ明後日に迫った「ツールド九州佐世保クリテリウム」

少年時代にこんな日が来るなんて想像すらできなかった。自転車雑誌で見るヨーロッパのロードレースは、文字通り遠い世界の話で、九州では走ることも見ることもできない時代。そもそも今のように自転車乗っている人は沢山いなかった。

今ではシーズン中頻繁にどこかでやっているし、中学生でさえ走れるレースが沢山ある。レースを走りたくて仕方なかった頃を思うと羨ましすぎる。それが今回、世界的に有名なチームや選手までが佐世保で走る!時代は変わった。

なんだかまだ信じられないが、今日から選手たちが佐世保入りしている。そのチームの一つ宇都宮ブリッツェンの社長は選手時代にずっと一緒に合宿生活をしていた仲間で元日本チャンピオン。久しぶりに電話で昔話に花が咲いた。

社長は今回佐世保に来られず会えないが、ブリッツェンの方はAECに来店してくれるとメールが来た。たまたま開いた古い本にはその本人。運が良ければ明日店で会えるかも?

ブリッツェンで注目は岡選手。先週末のクリテも優勝しているし、今回もスプリント力発揮してカッコいいゴールシーンを魅せてくれるかも。

佐世保映像祭

投稿日 2025年9月30日 火曜日

国スポ観戦に自転車仲間との会食にと楽しんできたのは良かったが、レースの最中も何本も知らない人から電話がかかってくる。

「出先でどうしようもないから帰るまで待って」と引き延ばし現実逃避。5日間のんびり楽しんできた報いか開店と共に猛烈な忙しさ。狭い店内に溜まり続ける自転車と、電話の主からの新たな依頼で頭ショートしそう。腰まで痛くなってきた。

旅の疲れと、戻った翌早朝からの練習疲れに仕事の疲れが積み重なり、夜は8時前にお迎えが来る。平等院で本当の「お迎え」の図を見てきたからか国宝の仏像がわんさと俺を迎えに来た。

自転車のメンテで忙しいのはともかく、事務作業で四苦八苦しているところに今度はピース文化祭出演の依頼とは。なんじゃそりゃ?京都ではレース会場が騒がしく話が見えなかったのだが、どうやら弱虫ペダルの映画を見て舞台挨拶をするという。なんで俺?

ともかく「佐世保映像祭」の10月5日(日)シネマボックス太陽で「弱虫ペダル」上映後に舞台で喋ることになりました。他の映画は皆、監督や役者なのにアニメは俺?

佐世保クリテの手伝いのドサクサに紛れ、謎の仕事までやらされる事になった。よって10月5日はAEC店休日と致します。ご了承ください。

こうなったら開き直るしかないし、観客少ないと寂しいのでぜひ映画見に来てください。

友人に「これで文化人になった」と言われ、ちょっとテンション上がった俺。

国スポ観戦

投稿日 2025年9月29日 月曜日

京都へ国スポ観戦に行ってきた。今年は滋賀国スポなので、ロードは滋賀県内。トラック競技は大津競輪場がなくなったので京都の向日町。だがここも老朽化で解体建て替えが始まっている。

44年前か?高校1年で初めて参加したのが滋賀国体。怪我で半年以上自転車に乗れない体になり、高校の入学式も入院中で欠席。初登校の日からしばらくはようやく歩ける程度で、自転車部の新入生とさえも一緒に走れない0からスタートの高校生活だった。

こんな日々を早く抜け出したくて必死に練習に励み、同級生、先輩と一人一人に追いつき追い越していく中で与えられたのが滋賀国体の代表だった。

初めて見る琵琶湖とどデカい500のバンク。巨大なホテルでワニと共に入るホテル。もちろん初の全国大会に最年少で参加なので圧倒されないわけがない。自分の思い通りのレースができず不甲斐ない気持ちで終わったのを覚えているが、先輩方に可愛がられたのも良き思い出としてある。

あれから国体一巡。名前を変えた国スポに自分の教え子が走るのも何かの縁。彼らが高校進学時に「国体優勝を見せてくれると信じ全国どこへでも応援に行く」と約束し京都へ来た。

結果はともかく彼らの心に50年後も忘れない国スポの記憶としては残るだろう。苦い思い出も代表だけが知る記憶だ。

部活を終わり思うことはいろいろあるだろうが、自転車を通じて感じた酸いも甘いもが、今後の人生に影響を与えるのは間違いない。全力でやった事ほどそれは強烈になる。

同年代らしい遊びは何もやってこなかったし、少しだけゆっくり休めばいい。だがプロ試験を受ける者は休む暇なく走り続けるしかない。引き続き頑張れ。

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このブログについて

スポーツエイドステーションアルカンシェルは長崎県で初めての自転車競技をメインとした会員制スポーツクラブです。

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